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バレンタイン発祥の起源とは?

パーティーコラム2015/1/20
バレンタイン発祥の起源とは?

バレンタイン発祥の起源

2月14日といえば「バレンタインデー」

この日は、日本では女性が男性にチョコレートを贈る日として多く知られています。
しかし、バレンタイン発祥の起源についてはあまり知られていません。

チョコレートを贈るというのは日本のお菓子業界の企業が作ったことは多くの人に知られています。

しかし、聖ウァレンチィヌス(ヴァレンタイン)の殉教の日とは知っているけど、何を行ったのか?
なぜ2月14日がバレンタインデーになったのか?
気になりませんか?

今回は聖ウァレンチヌスがどういう人物だったのか少し掘り下げていきましょう。

ウァレンティヌスの伝説

ウァレンティヌスは3世紀頃のキリスト教の聖職者として知られています。
実はこの聖人、実在しなかった聖人とされています。

バレンタインの成り立ちにはいくつかの説があり、西暦3世紀のローマの皇帝「クラウディウス2世ゴティクス」兵士達の結婚を禁止していました。
理由は、故郷に残してきた恋人が気になって兵士達の士気が低下するのではないかというもの。

家族や故郷への未練が出ないように結婚禁止令を出したのです。

当時のローマはキリスト教を受け入れておらず、キリスト教徒だったウァレンティヌスはこの禁止令を“非人道的だ”として、秘密裏に兵士と女性の結婚式を執り行っていました。

この結婚式が見つかってしまったウァレンティヌスは投獄され、監獄生活の中「アステリオ」という判事の盲目の娘と出会います。
アステリオはウァレンティヌスの説教を聞く内に次第に魅かれあい、あるときアステリオの目が見えるようになりました。
この奇跡を信じた彼女の家族はキリスト教に転向しましたが、当時の市長はそれを許しませんでした。

アステリオの一族を根絶やしにし、ウァレンティヌスは269年2月14日に処刑されました。

2月15日は家庭と結婚の神「ユノの日」といわれ、あえてその前日を選んだとされています。

ホワイトデーも関係していた?

バレンタインデーの対となる「ホワイトデー」
このホワイトデーもまた、聖ウァレンティヌスに関係があるとされています。

ウァレンティヌスが投獄される直前に執り行われていた結婚式でのカップルが、ウァレンティヌス殉教後した1ヶ月後となる3月14日に改めて結婚式を行なったことに由来するとされています。

そのため、バレンタインデーの1ヶ月後となる3月14日がホワイトデーとして日本国内では広く知られています。

合コンと王様ゲームの起源?

西暦3世紀頃のローマでは2月15日は「ルカペリア祭」とも呼ばれ、未婚の女性は自分の名前を書いた札をの中に入れ、男性はその壺から札を一枚選びます。
その札に書かれている女性と祭りの間は一緒に過ごしました。

当時の人々はこの位しか異性と知りあう機会がなく、祭りで一緒に過ごし、男女の仲となり、やがて結婚に至るケースが多かったようです。
現在でいう、合コン婚活パーティーに近いものですね。

ウァレンチィヌス処刑から227年後の496年、法王「ゲラシウス1世」は兵士達の風紀の乱れを止めるため「ルカペリア祭」を廃止しようとしました。
ですが、この人気の祭りを廃止すると兵士の反発を生みかねないので、ウァレンティヌスが殉教した2月14日を「ウァレンティヌス由来の祭り」として、当りくじを引いた者を“聖人”扱いにするという権利を1年間与えました。
どことなく王様ゲームに似ています。

やがてこの祭りも廃止されますが、その後も2月14日を「聖ウァレンティヌスの祝日」としたようです。

ウァレンチィヌスの実像

先に述べたようにウァレンチィヌスは、その存在を実在しなかった聖人とされていました。
様々な説があり、ローマの司祭、現在のイタリアににあたる地域の司祭、ローマ帝国領のアフリカの殉教者とどれも聖職者であり、同一人物だったのでは?という声もあります。

現在、聖ウァレンチィヌスの遺骸を納めていると主張している教会は、少なくとも7つ存在しています。

楽しいイベントの歴史の裏には悲しい歴史も時にはあるようです。
しかし、いくつもの伝説がある聖ウァレンチィヌスは、いつの時代でも恋人達を見守る存在であるというところは変わらないようですね。

チョコレートを贈るのは日本だけ

最近では知られてきていますが、チョコレートを想い人に贈るのは日本企業が進出している一部のアジア圏を除いて日本だけの習慣です。
欧米などではホワイトデーはなく、主に男性から女性に向けて手紙を送ったり、ちょっとしたプレゼントやディナーに誘う日として習慣になっています。

お菓子業界の戦略

日本国内のバレンタインデーでプレゼントを贈るきっかけを作ったのは、神戸の「モロゾフ」という洋菓子店でした。
2月14日に贈り物をする欧米の習慣に習って英字新聞「ザ・ジャパン・アドバタイザー」に日本初のバレンタイン広告を掲載し、「バレンタインデーにはチョコレートを」というキャッチコピーが誕生しました。

その後、百貨店「伊勢丹」や、かつては輸入雑貨専門店だったソニーの「ソニープラザ」などで女性をターゲットとしたバレンタインイベントが全国各地で開催されたことで日本独特のバレンタインデーが生まれたとされています。

聖ウァレンチィヌス伝説では贈り物を渡すということはありませんでした。
これも時代の変化によるものなのでしょうね。

ホワイトデーもお菓子業界の陰謀?

聖ウァレンティヌスに関係があるとされているホワイトデーですが、実はそんなことはなく、全国飴菓子工業協同組合(全飴協)が1980年(昭和55年)にバレンタインデーのエピソードを基に3月14日をホワイトデーと定めたのが始まりと言われています。

元々ホワイトデーは、福岡の老舗菓子屋「石村萬盛堂」が、バレンタインチョコのお返しにマシュマロをお返ししようというキャンペーンから始まりました。
ただし、この頃ではまだホワイトデーは制定されていませんでした。

その後、後に続く様にお菓子メーカー各社がキャンペーンを打ち出しました。
1973年(昭和48年)に不二家とエイワが協力した『メルシーバレンタイン』キャンペーンが最も古いお返しキャンペーンだと言われています。

ちょっとした都市伝説や小話のネタに今回の内容を話してみてはどうでしょうか?

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